- のじょみ

- 2021年1月5日

Namasteでございます
あけましておめでとうございます!のぞみです
皆様お元気ですか?
なんだか、やっと2020というものが終わったんだなとじわじわ感じているとともに
大きな衝撃のまま過ぎた1年だっだと思いながらおります
ひとりひとりにとって苦難があって 不安な日々が続きましたね
わたしだってインドから本帰国するとは想像もしていなかったですしね。。
2020は終わったけど、2020によって起こった変化の中を生き続けるのは2021も一緒ですね
2021にはどんなアイデアやトレンドが生まれるのかに、ちょっとワクワクしていたりもする
2019-2020の年越しのときはバラナシに居て
「今年(2020)は何になりたいかなんだかわからないな~~」とのんびりしていましたが
その気持ち?feeling?の通り、
自分が何になれるのか、価値は何なのか、何ができるのか、何が大事なのか
すべてが問い直された一年でした
最近、まわりに占星術やゼロ学を学んでいる人がよくいらっしゃって
今年は土の時代から風の時代に変わり、停止の年になった
組織の時代から個の時代へ、そして静かに見極める時代へ
そんなことをよく聞きます。
なんとなくですが、自分はその流れに向けて生きてこられたのかなと思ったりしています
昔むかーしから、柳のように柔軟に生きることを胸に刻んで
どのような価値観にも否定も肯定もせず(それで逆に自分が分からなくなったけど)
インドでは期待や執着は無駄だと思って生きてきた(これは良かった)
「おおらかに、本質だけを見つめて生きて、ただ確固としたものが自分の中に備わっていればよい」
この姿勢がしっくりきています
わたしにとっては、2021年はまた基盤を作る年。
年末に入社した会社も完全に始まったばかり。
しかもフルリモート入社。超絶放置&孤立プレイ!(笑)
※e-learningとかは沢山あるので暇で泣いていることはないです
皆さんは一段乗り越えてきたであろう在宅勤務も初めてすぎて
自分のギアの入れ方や切り方がぜんっぜん分からないのです(´;ω;`)
インドの在宅時はそもそもworkが無くてほとんどプー太郎だったので・・・
まだ今は研修だからいいけど、実務が始まってもわたしは大丈夫なのか超絶不安
そして11月末に新居に引っ越して、やっと冷蔵庫などもそろって
お鍋(圧力鍋!)も来て、お皿も好きなものを買えるようになって
インドロックダウン中に夢中になって頑張っていた料理もこれから再開。
ちゃんと働きながらの料理が初めてすぎて、やりきれるのか分からない
働きながら夜ご飯作るなんて、ひとりの人間で出来るのでしょうか
(しかも目指しているのは実家ママクオリティ・・・)
今まで以上に自己管理やパワーの調整が必要そうです。
そんなこんなで今年の抱負は関係無いけど「痩せること」!!これに尽きるのです
ストレスで激やせしていたわたしが今や、ぽっちゃりですから。。
3年前にインドに渡ってから結構太り始めて、
・お金が無くて接待で大量に食べるようになったこと
・毎日大量の甘々チャイを飲んだこと
・油まみれの屋台料理にはまったこと
・リキシャが安いしどこにでもいるので歩かなくなったこと
・そもそも年齢的に代謝が落ちてきた
すべてが理由なのですけど。。
ガリガリではなくて良いので、ほどよいすっきりとした肉付き?になりたいです・・・
最近オンラインヨガやストレッチに参加しています。なんとか続きますように。笑
変化を楽しみながら、日本での生活基盤ができてくるといいな
皆さんも、自分でコントロールできないものには縛られず、
小さな喜びや幸せで身近な大切な人と共に笑える日々を過ごせますように。
新生、日本での思考推移記録のブログになりますが
今年もどうぞ宜しくお願い致します。
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- のじょみ

- 2020年12月28日

Namasteでございます
これがわたしが最後に見たガンガーの姿 のぞみです
いつもできるだけ長く滞在したくて遅い時間の交通手段を手配するから夕暮れ。
いつだって何も変わらないことを教えてくれる。
そして、またいつかの良いタイミングで会えることをそっと教えてくれる。
今更感がすごいのですが
年の瀬になったし、想いが褪せないうちに書いておく。
実は、10月半ばの帰国前に1週間、こころの故郷バラナシを訪れました
この頃はCovid-19新規感染者はまだ1日10万人近かった記憶がありますが
日本へ帰国することが決まっていた為、感染リスクを承知の上で
行きは飛行機(ビスタラ)、帰りは長距離列車(Shiv Ganga Express)で
ガンガに会いに、感謝をしに行きました
これにて、人生で14回目のバラナシでした。20回は行きたかったなー。笑
いつもベンガリトラのお宿に泊まっているので
ベンガリでカフェろうと張り切っていたのですが
Covid規制で当時はベンガリとヴィシュワナートのカフェやお店がほとんどやっていなかった
ということで、これまで一度もアッシーまで行ったことがなかったのですが、
最後だし!規制も少し緩和されているらしい!ということで
主にアッシー周辺でのんびりしていました
かの有名なPizzariaのアップルパイ、こんなにおいしかっただなんて・・・

ガンガーを眺めながらいただけるのも、空っぽになれるのも、ぜいたく
いつもお世話になっていたのは
日本人のあきこさんとインド人旦那さん、さんちゃんが営む「ルドラゲストハウス」でした
だけど、Covid-19が故と言える要因でお宿が無くなってしまいました
(今後は 4689coffee varanasi で検索してみてくださいね)
私が最後のゲストでした 私が泊まるために頑張って調整してくれていたようでした
Covid-19の最中、バラナシもがらっと変わり果ててしまった
今まで地球の歩き方に載ったお店やカフェは閉めてしまったのか、はたまた再開できるのかも謎のまま
メインロードは竹下通りか?と(個人的に)思ったほどタイル張りになって小ぎれいになって
メインガートまでの野菜市場も次の工事のためのレンガが山ほど積まれて
いつもの屋台さんも工事で追い払われちゃった
今までのバラナシじゃなくなっちゃうみたい
変わらないものはあるけど、この先にフィジカルには伝わらないようだ
でもそんなもんだ
1週間もいたのに、行きたかったお店が全部やっていなくてno planになってしまい
結局いつも通り、散歩して、食べて、ガンガ眺めて、寝てただけだった
「バラナシで迎える朝はいつも平和で安心で透き通っている」
そんなことも思い出したりしました
東京に戻ったら、この一日の始まる美しさを忘れたくないなって思っていました
(すでに朝だるくて起きれていないのですけどね 笑)
ただ、
これからバラナシも、わたし自身も、大きな変化の波の中で如何様にも変わっていってしまう
でも、またいつかわからないけど会える時には、大事なものは変わってないねえ~と
新しいわたしたちで変わらず楽しめたらいいな、とだけ思っている
それでいいと思う きっとそうなるから
帰りの列車はデリーまで念願のShiv Ganga(14時間)でした
今まで、長くバラナシに滞在したいが故に列車を使ったことがなくて。
バラナシ好きバックパッカーなら列車だろ!とずっと分かっていたんですけどね 笑
駅も混んでいなくて、乗った2ACもきれいにされていて
電車の本数も減らされているのでインドではありえないOn Timeでの運行。
景色を楽しむとか余韻に浸るとかも特にできなくて心地よく眠って
気づいたらデリーのすぐ手前だった。朝陽はここでも美しい。

そしてこれまた念願New Delhi駅からパハールガンジに出るときに来る
オートリキシャじじいの大群による激しい客囲い込み攻撃・・・!
密だから今年はまじで迷惑ですが、まあ、そんな風物詩です
チャイも変わらずおいしいですからね
これはパハールガンジ入り口の朝市的な場所での一服です
(朝からみんな激しいね~・・・)

陳腐な言葉しか出てこないけれども
いつもと変わらない日常で、時代の変化の中で頑張るひとたちがいるバラナシ
わたしに人生を変えるきっかけをくれたこと
素敵なひとたちに出会わせてくれたこと
下痢も高熱も、失敗も虚無も、幻想も高揚も、全部感謝してる!
ただ変わらない自分がいたこと、そんな自分でもよかったことが分かった町でした
インド転職を決める前のFacebook投稿でバラナシの夕陽の写真をあげて
「変わらない。また戻ってくる。」
とキャプションしたのが2018年の2月。
実際に14回も戻りまくったのが笑えるけど、3年後の今、その勘はとても正しかった。
また次はいつになるんだろうねー!今回は全然わからないや。
最強に、楽しみであります。ॐ शांति शांति शांति...
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- のじょみ

- 2020年12月15日

Namasteでございます
横浜市民になりました、のぞみです
目まぐるしすぎて、全然なにも書けていなかった。。頭もまだぐちゃぐちゃなのですが。。
ついに日本の新居に落ち着きまして!生まれた街、横浜です!
まだ冷蔵庫と洗濯機が来てないのだけど
(大事な大物が一番揃っていない 笑)
帰国してから1ヶ月住んだ六畳一間のAirbnbから開放されて
少し広いお部屋で気持ちに新鮮な風が入ってきました
新しい会社の方はベンチャーが故といえばそういったところが多くて
疲労感と不信感が多めになってしまって、「my居場所!全力出すぞー!」とは確信せず3歩くらい引いて俯瞰してきた毎日でした
丸の内のイルミネーションも一度も綺麗だな~と思えなかった(まぶしすぎた)
あまりに毎日の「?」が多くて、それを改善できる見込みが無い事を確信したので
はい、早速、退職しました 笑
まじ、なにやってんだろ〜と笑うしかできないんですが
不器用ながら次の仕事も見つけられたので、念願の外資ITにこれから向き合います。
本当はインドで転職活動をしていたときも
頭の隅っこに、「外資企業」、または「IT業界」という隠れ軸&希望があったので
それがダブルで含まれるご縁を見つけられて、嬉しかったとともに
次の居場所になればいいなーと願っています
上司がインド人だったりするし。笑
社会人5年目の20代で5社・・・というかベンチャーは形態もアルバイトだったので経歴から削除して4社ですが
ジョブホッパーになることが悪いこと、またはデメリットだとは個人的にはあまり思っていなくて (ホップする理由や、今後の行先にもよるけど) 個の力が発揮できそうな場所が色々あるなら、試していいと思うんだ
スキルが出せても、企業文化やひとが合わなかったり、切欠は何でもある
経験社数にネガティブな評価をもらうこともあるけど、無理のある安定はある意味どうでもいいんです。
そんないろんなことを考えて歩いていたら
日比谷駅の階段を踏み外して、人生初めて足首を捻挫したのが今年のハイライトですかね!
いまだに少しの違和感と共に歩いていますけど
日本に帰国してから変化が激し過ぎて、中身がからっぽになれるほど休めたことも
じっくり何かに取り組んでストレス発散できたこともほとんど無かったと
先週行った地元のいつもの美容室のお兄さんに言われて気づいたり。
今週だけまたぷー太郎なので、次の入社の準備をしつつ、空っぽにしておきます
今日はなぜか空がヒマラヤの空みたいだったんだ
それを見ていて流れてきた音楽でインドに居た頃の感情が蘇ってきて
私は日本に戻ったんだ、と体に染み渡るくらいの寂しさや懐かしさが走って
気付いたらめっちゃ泣いてたんだけど
まあ、泣けない大人って多いし、自分も彼氏のひとと住んでいると変に泣けないし
良いプチデトックスになったような気がします
記憶の中で、ずっと生きていけますし、今この瞬間にもひょっこり居るもんね
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