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インド好きによるインドブログメディア

『なますて ぱりばーる』絶賛発信中!!

更新日:2020年6月23日





Namasteでございます

得意料理は親子丼 でもインドでは衛生面から半熟で作れない のぞみです




もうすっかり6月ですね!あっちぃ~

インドはロックダウンが段々と地域により緩和されてきていますが

拡大は収まらず戦々恐々としています。(今やご新規さん1日1万人)

国内線も飛び始めたのですが、乗客から感染者が出ており、パニパニパニックです

わたしの会社もオフィス再開を目指していますが中々開かず

もうリモートでの業務の限界が来ている。





そんなネガティブな忙しさで息が詰まってしまったのもあり

今一度、元来の目的や夢などを確認して、この様な状況下でも目指していたことをやれているか

モチベーションを保ち直したいと思いました





というのも、6月はわたしがインドに移住してちょうど丸2年。





前提として

わたしは今インドで現地採用という形態で日系企業に就労しています。インドで国内転職もしています。

今回の記事は現地採用をお勧めしたり誇示する目的ではなく、単なる一個人の思考整理です。







phase 1.0 就活時代

やはり社会人というキャリアをスタートさせる為に就活をしたので

自己PRに使う夢や軸は此処から姿を現し始めました。




わたしは小学生から英語に目覚め

外国語大学にてカナダ派遣留学を経験し、英語言語学を修了して卒業していることもあり

「英語」という言語そのものが大好きで、人生を捧げている唯一のプライドでした

そういう背景もあり、海外に関わり英語をツールとして使う業務を期待するのはごく自然なことでした。




とはいえ、英語がもはやツールとなれる新卒人材など昨今は山ほど居るので

差別化しないとなー、という想いで「日本の製品を海外に広めたい!」「秀でた異文化理解力で海外との架け橋になります!」など

どこの会社にも当てはまる曖昧な想いも軸にしていました。

この頃は特に「やりたいこと」は見つかっていませんでした。





phase 2.0 日本新卒時代

そんな就活を経て入社したのは日本大手の家電メーカー

配属が出るまで、グローバル展開が素晴らしいこの会社で

大好きな英語を毎日使って、どんなひととどんな業務をして自己実現や自己改善ができるのだろうと

夢を描いていました。





しかし、配属されたのは国内営業でした。

会社は明言はしなかったものの

「数年は国内販売の現場を学び、その後海外向けに学びを糧に力を発揮してほしい」

そんな狙いで海外志向の人間も国内営業の配属にしたのだと理解しています。





約束はされていない「数年後」を夢に見ながら

苦手な車の運転で憂鬱だったものの、先輩に学び、お客さんに学び

自分から出る理論や意見の正しさに悩み、知識の不足に悩み

ある日気絶するまで、鬱病をぶりかえしても、毎日全力で働いていました。





phase 3.0 インド転職へ

そんな中、転職をすることに決めた要素は以下

・大好きな英語が使えない。むしろ活用しないので衰えていく。それ故か、仕事にもいまいち情熱が入らない。

・社会人としての基礎 (組織というもの、労働者の序列関係、メールの書き方、報連相、コンプラなど) は学べた。

・働くということは楽ではない。同じ苦労をするなら大好きなインドでやりたい。

・自分にはつらい業務を頑張っているのに、その経験を活かす予定の将来が全く見えない。

 数年後ってそもそもいつ?本当なのか?何も保証がなかった。とはいえ大手だからそんな保証はできないのも分かる。





⇒では、会社に頼るのをやめよう。

 自力でインドに行って英語をツールにして働いて、好きな土地で苦労しよう。

 納得のできる環境での自己実現や自己改善の機会を自分に投資しよう。





「わたしのツールとして当たり前だと思っていた英語を使えない」

やはり自分に嘘をついているとなにかしら限界が来ます。

とはいえ、新卒から海外を相手に仕事するなんて早すぎる、という様な異論はあると思います。 しかし、駐在をする訳でもなし、海外対応の部署に入ったとしても

日本の会社である限り、社会人としての上述の基礎を学ぶことはできるはず。

ただ、海外のスタッフ(現地人)相手のみだと日本の基礎や常識が崩されるので危険ですがね。




では、わたしは果たしてインド現地採用で居て目的にかなうような人生を歩んでいるのか?




会社に頼るのはやめよう。

⇒すっぱりやめた。組織で限界を感じたら自分でより良い環境を探しにいっている。

 ただ、転職のスパンが少し早すぎることは反省しています。。(社会人5年目で今3社目)



自力でインドに行って英語をツールにして働いて、

⇒英語をばりばり使っている。インド1社目で死ぬ程英語漬けだった時は、読む書く聴く話すができるだけで幸せだと思う日もあったほど。

 そして、ビジネスレベルはお手の物になった。(ヒングリッシュだけど 笑)



好きな土地で苦労しよう。

⇒インドは相変わらず大好き。だけども、めちゃくちゃ苦労してる。

 自分の期待や執着だったり、インドの文化によるプライベートの苦労は当たり前だけど

 なにより、気持ちよく楽しく働いています♪なんて口が裂けても言えない環境にいる。

 日本で働いていた頃は想像もしなかった「苦労」も様々な程度で襲い掛かる。

 その苦労たちから何も学んでいなかったとしたら、わたしは相当な馬鹿だろうな。



納得のできる環境での自己実現や自己改善の機会を自分に投資しよう。 ⇒納得……できていない点が今の組織では溢れているものの

 それはチーム体制やHR関係の事なのでわたしの管轄範囲外だし

 ここで言う「納得」は「大好きなインド&ツールが英語」ということですね。

 苦労ばかりとはいえ、この環境でどのように自己実現をするかは常に探っている。もちろん、実現を探る中で反省点も出るので改善にも努める。

 今の職場では、前の記事のようにインド人スタッフの巻き込み方に悩むけど、これはインドで就労し始めてから意識したことなような気がする。

 だから、インド人スタッフの件は元来の目標からすると、そこまでクリティカルに思い詰めるものではないのかもしれない。(「わたしの人生の為」という意味で)

 社内も顧客もすべてが100%気持ち良いビジネス環境など、自分の受け入れ方の問題でもあるけれども、わたしには無いのであろうから

 なにかしら対人関係で悩んでしまうのは癖だし、今後また環境が変わるのであれば乗り越えていかねばならない要素なのでしょう。



こういった感じで目的と現状を照らし合わせてみると

今は不満やら疲労やらで全て環境が十分でないような、そして自分がしていることが間違っているように思えるネガティブマジックが起こっているものの 意外と目的に適った環境で目的に沿う行動をしているのですね。

なんだか漠然と苛々していたけど、安心しました。





この環境をやりきり、最中に経験した失敗から学んでいれば 業界も、メーカー営業→商社での物販→サービス業オペレーションを渡っているから 今後のキャリア幅を広げていくことも可能だし

今度こそ、母国の日本で、自分に嘘をつかないで働けるような「選択肢」が見えて、かつ「選ぶ権利」が身につくと思う。




新卒新入社員の時の英語研修で、わたしは「Follow Your Heart」というテーマのスピーチをした。(内容の細部は忘れた) Follow Your Heartを実現するための方法探しに奔走している時間が長いけれども いつか「これで良かったな」とその瞬間を精一杯享受できるときが来たらいいな。


皆さんがどこにいようと大変な時期ではありますが、踏ん張りましょう。







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  • 執筆者の写真: のじょみ
    のじょみ
  • 2020年5月21日




Namasteでございます

インドはロックダウンがさらに延長しフェーズ4.0の最中 未だにひきこもっています のぞみです





インドは今でも1日5000人ペースで増えていっております・・・グルガオンは数十人レベルでの増加ですが。

一度は都市部でメイドさんを介して移っているとかスラムでのクラスターだとか解説されていましたが

もうそれでは説明がつかない状況だと思います。。

まあ、とはいえ人口13億人の国でこの数字は、初めの急速な封じ込めで抑えた結果なのかもしれません






そんな中グルガオンは少しずつ活気が戻ってきていますよ!

オートリキシャもタクシーも走っているし、ローカルマーケットは大体の店が開いたし

引き続き閉まっているのはモールやレストランだけですね(あとはオフィスも一部






わたしのサービス業はもちろんビジネスが蘇っていないので

オフィスはクローズのまま、在宅で次のビジネス獲得に向けた準備をしています

在宅だからコミュニケーションもスムーズには行かなかったりで

チームのビジネス感度の低さとか(もちろんわたしも完璧ではない)

会社のシステムや体制の未熟さとか不誠実さとか

色んなことを考えてしまっている。










インドで日系企業2社を経験している中で

現地採用の目線で見えたインド人スタッフのスタンスの差異があります





わたしの前職はインドでも歴史がある大手で

日本の顧客と共にインドでのビジネス展開を構築をしていたわけですが

その頃のチームメンバーはビジネスセンスがそれなりにあり積極的だった

けれども、難点というか悲しい点がひとつあって

彼らは「日本式のやり方の押し付け」にまいっていた





日本の本社とのやりとりは常に「Fight」だと言っていたし

自分は日本がやりたいことをやらされている現場の駒なんだ、と諦めていた

一時の急速な成功を得るためならば、これで良いのかもしれない

だけど、チームメンバーが少し疲弊しているのは持続可能なビジネスではない

とはいえチームの居心地は罪悪感はあったものの最悪ではなかった

日本の戦略が理解出来ることが救いだったのだと思う






一方、現職はインドにまつわるサービス業で、そこまで戦略が必要とされる業界ではない

そんなインド人スタッフはビジネス意識と士気が低いと感じる(一部日本人も少々)

チームと言ってもなんとなく協調性にも欠けているし

正直、居心地が悪いときもあったりする






とはいえ日本顧客の窓口ができるのは日本人だけなので

対応量もこちらがきめ細かく、多くなるし、完全協業は難しい

自分からインド人スタッフの巻き込み方を考えたいけど

そんな矢先のビジネスロスで

皆フラストレーションが溜まって、モチベーションも消えて

なにもわからなくなってしまった






こういった、仕事での人間関係で悩んでしまうと限りなく胸糞の悪い沼にハマる

とはいえ社内も顧客も100%気持ちの良いキラキラした職場なんて無いのだから

自分が何にフォーカスを置いていて何が目的でそこにいるのか

それを達成する為にはアンチやら苦境やらも乗り越えなければいけないのだと

「目的を見直す」ことを何度も何度も繰り返しています。。。

この目的が達成できるのなら、まあ、いいんじゃない?みたいな

やはり27歳のいまでもまだ完璧主義が底に存在するようです

あと、仕事の悩み事を私生活から切り離せない

職場に居ない時間、今でさえも思い出しては溜息している 悪い癖






恐らく2年くらいで日本に本帰国してまた組織のビジネスの輪に戻るだろうから

もっと具体的にインドに居る目的と狙いを突き詰めよう。。

だけどこんな状況なので精神衛生を保つ為にも深く考えすぎず。

それが難しいんだけど。またゆっくり考えます。











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  • 執筆者の写真: のじょみ
    のじょみ
  • 2020年5月7日



Namasteでございます

またまたご無沙汰してしまいました。生きています、のぞみです。

インド・デリーからは羽田への臨時帰国便がなんとか出続けていますが

わたしは日本へ帰る予定はありません。

まず臨時便の運賃が高すぎる・・・し、感染の確率は断然日本の方が高い。

そして空港や飛行機での感染リスクと帰国後の実家への負担軽減の為です。





そんなインド全国ロックダウンは、なんと再度の延長が決まりまして

第一弾:3月22日~4月14日

第二弾:4月15日~5月3日

第三弾:5月4日~5月17日 ←イマココ

曜日や日付なんてもはや分からないおデブ生活を継続しています。





インドに居る理由のひとつでもある現地採用としての状況ですが

ウイルスの影響でビジネスがゼロになった我が会社は

【有給完全消費と12月末までの減給】が決定しました。社員皆一律。

そうしたら現地採用としてのインドビザ基準額は守られるの・・・?

という超絶な不安のA☆RA☆SHIの中に居る訳ですが

オフィスが開いてから、上司と会話する予定です。。これについては追々。





インドでまさかの監禁ぷー太郎生活を余儀なくされているので

(まあこれも人生の中で考えたら滅多に無い貴重な経験です)

第三弾までの中でどんなことがあったか、書き記します。

長いですが、どうぞ外出自粛のお供にお付き合いください。





第一弾:3月22日~4月14日


【生活】

この21日間ロックダウンの直前に恋人という契約を結んだ私は

歩いて40分程の彼氏のひとの家まで食材を持って疎開をしました

付き合って0日で同棲の強制スタートでした(不幸中の幸い?)


新しいエリアにはローカルマーケットがあり、

マスクをして行けば、入るまでに並ぶものの食材の買い出しは余裕でした

また、彼の優しい大家さんが一度車を出してくれて

South Point MallやGarellia Marketまで買い出しにも行けました


そしてロックダウン開始1週間後には空気がものっそい綺麗になりました

毎日青空と小鳥の鳴き声を享受していました



【体調】

慣れない部屋、慣れないベッド、慣れないシャワー・・・などもあり

忘れていたけど2月末に再び抗精神病薬の断薬に踏み切っていて

緊張と離脱症状?でどんどん体調が悪くなっていきました


主に出たつらかった症状:

・不眠症とレストレスレッグ症候群(それかアカシジアっぽい)

・身体のだるさ、特に足のむくみ

・不安定な呼吸

・たまに来る吐き気

⇒ただただひたすら苦しんだ( ノД`)シクシク…



【食事】

ひたすら自炊。料理の鬼になっていた。もこみちに負けない。

彼氏のひとが職業病のせいか休みになった途端倒れたのもあり

健康な食事を昼と晩、ひたすら作り続けた。


意外と美味しく作れて、しかも彼氏のひとが美味しい!と食べてくれることで

今まで感じたことが無かった「料理をする喜び」を抱いた。



【その他】

ロックダウンがいつ終わるか分からないし

同棲してみて全く問題が無かったので

また仕事が忙しい彼はデートの時間を十分に取れないだろうし

一緒に住んだら家賃負担軽減する、ということで

正式に彼氏のひとの家に5月から移り住むことを決意。


自分の家のオーナーに1 month noticeを出しました。

ロックイン期間も過ぎているし、オーナーも承諾してきたのに

2週間後、ロックダウン中はnoticeを受けないんだ!デポ返さないよ!

と謎に勝手にルールとか言ってほざいてきて喧嘩になる。(インドあるある)

しかもとはいえ段ボール10箱くらいの荷物はどうやって運ぶ・・・?

といった不安要素がどんどん押し寄せてくる


そんな中でも、ポジティブでメンタル超安定の彼氏のひとに

不安のA☆RA☆SHIの腑抜けな私は救われる




第二弾:4月15日~5月3日


【生活】

14日朝、モディじいの演説をドキドキしながら生放送で見る

「延長キターーーーー(;'∀')ーーーーーー!!!」

しかも20日まではより厳格になるとのこと。買い出し行けるかな・・・。



新しいエリアのローカルマーケットはいつもと変わりませんでした

いつも野菜を買うお店のおじちゃんや雑貨を買うお店の店主と顔見知りになる

雑貨屋の店主は、欲しいものを伝えると翌日には入荷してくれた(笑)

ありがたや~!!



このロックダウン2.0で会社の有給はすべて使い果たしました。

会社はビジネスが無いし経営も良くないので、クビも覚悟で色々考えました。


【体調】

新しい家には少しずつ慣れてきました。

しかも新居は日当たり抜群、風通し抜群の鬱脱出天国だったので

自分の所有物は全く無いけど気に入ってきました。

断薬の離脱症状も、色々調べて対処し、抑えられてきました。


主に出た症状:

・身体のだるさ、特に足のむくみがピークに達し、頭痛と胃痛が1週間続いた

⇒めっちゃ寝て、持っているガスター20mg錠飲んで対処

・不眠症とレストレスレッグ症候群(それかアカシジア)

⇒昔処方された弱~い睡眠薬を飲み始め

 マーケットの薬局でガバペンチン錠(日本で言うレグナイト錠)を買い

 少しずつ眠れるようになりました!

【食事】

ひたすら自炊・・・というのが体調の悪化もあり崩れる。もこみちに負けた。

彼氏のひとがzomato(インド版Uber Eats)の鬼だったこともあり、

夜ご飯はレストランからオーダーするようになりました。経済を回そう。


お昼は簡単なパスタとか。夜はちょっと豪華。

そんな生活スタイルになってきました。


【その他】

デポを戻さないという糞オーナーの喧嘩について

彼氏の家のオーナーさんにたまたま話したところ

憤慨してくれて、電話でお叱りをしてくれました・・・

その結果、なぜか2回に分けるものの戻って来ることにはなりました。ふぅ。


そして引っ越しを25日に決行。

というのも、ローカルの引っ越し業者に聞いたら20日以降ならやるよ!と言われて。

しかし、その業者はpermissionを警察から賄賂で買おうとしていたのだと前日に発覚

その可能性に懸けて(完全なる悪ノリ)とりあえず旧居で荷造り・・・。


しかし、夜になってもやはり業者が来られず、途方に暮れたところ

彼氏のオーナーさんが「大家と揉めてるのか生きているか」と心配してくださり

さらには「今から車で行くから!荷物も乗せな!」と引っ越しを手伝ってくれまして・・・

助けてくださったことに、不安のA☆RA☆SHIだった私は号泣

そしていつでも相変わらずポジティブでメンタル安定な彼氏。救われる。

ロックダウンの最中、引っ越し完了。



第三弾:5月4日~5月17日 ←イマココ


【生活】

5月になってしまった。嗚呼、インドの本格的な夏が本領発揮してきている。

2日頃、ネット上でロックダウン継続のニュースが出る。

しかし今回は全国の地域をRED, ORANGE, GREENに分けて

それぞれのゾーンで出来ることが変わってくるという。

幸い、わたしの住むハリヤナ州グルガオンはORANGE ZONE!!!

ちょっとずつオフィスもお店も再開するし、ふらふら外出もできるっぽい!

いつものローカルマーケットも少しずつ活気が戻りつつあります。

大好きなオートリキシャもぶいぶい走り始めました

(心なしか空気がよどんできた気がする)

しかしビジネスゼロでお金のない我が会社は RED ZONE在住の社員も居ることから、引き続きクローズとなりました。 そして長期の減給も決定。クビにならないだけありがたいことは百も承知。

(法的効力は謎なものの、一応ロックダウン中は解雇・減給禁止だが) 自分と会社の将来が全く見えない中、オフィス復帰に向けて 仕事獲得準備のための仕事を粛々と在宅で始めることになりました。

【体調】

引っ越しが完了し、愛着のある毛布と寝ることもでき

断薬の離脱症状は和らいできて、ただ単に朝が弱いだけの人間に戻りました

主に出た症状:

・身体のだるさ、特に足のむくみは引き続き少し残っている

・不眠症とレストレスレッグ症候群(それかアカシジア)

⇒睡眠薬は要らなくなりました!

 ガバペンチン錠は今も少しずつ飲み続けています

 左足と左腕の不快感もほとんどなくなってきています

・【NEW!】右目にものもらいができた。そして1週間以上治っていない。

⇒このロックダウンがあけたら医者行きます・・・


【食事】

すでにもこみちに負けたわたしは自炊とオーダー半々の生活。

彼氏のひとはオフィスに出勤するようになったので

お昼はわたしだけ。Maggi(インドの袋麺)とか前夜の残り物とか。


ロックダウン1.0と2.0中に日本食を作りすぎたせいで

めんつゆやみりんといった調味料が無くなってきてしまいました・・・。

またインド料理をつくりはじめようか。でも腰が重い・・・。

醤油と出汁粉末と代替調味料でなんとか乗り切る予定です


【その他】

自分のインドでの今後に関しては、これからゆっくり考えます。

そもそも国際線が通常運行していないのでインド国内転職にしても本帰国にしても、日本に行けないし・・・

しばらくは今、ここインドで出来ることを前向きに、生活が「異常」からそれなりに回復するまで、生活します。

幸い収入がゼロにはなっていないので。。




将来を計画して考えて、悩むのも時にはもちろん大事ですが

ほら、「今、この瞬間を全力で生きる」て言ってたじゃん。

悲観しすぎて焦って今何かを犠牲にしてしまうのはもったいないよ

ましてや全世界がこの状況下なのだから

少し長く息抜きをして、また頑張ろう。それまではどうか思い詰めないで




なにより、大変なことに直面しても、いつもポジティブでメンタル安定の彼氏

そんなひとの側に居られて本当に感謝!!!!!




今後のインド全国ロックダウン施策はどのように変貌を遂げていくのでしょうか

一刻でも早く、世界が日常に戻れますように

一日でも早く、またバラナシに還れますように・・・・(今一番の願いかも)









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